長靴の跡
泣ける 舞台・家全文 ― 約一分
雨の玄関に、母の長靴が並んでいる。引っ越しの荷ほどきの途中、段ボールの底から出てきた。もう三年、履く人はいない。
深夜のキッチンで一人、伊都子は水を飲む。台所の窓に雨粒が並び、換気扇が低く回る。荷物はまだ半分も片付いていない。
長靴の底に、小さな紙が挟まっている。引っ越し業者の伝票かと思い抜くと、母の字だった。「歩くの、好きだったね」とだけ書いてある。
娘の運動会の日、雨で中止になった年がある。母はそれでも長靴で迎えに来て、傘の下を一緒に歩いた。あの日のことだと、すぐに分かる。
伊都子は長靴を玄関に戻す。捨てるつもりだった箱を、もう一度台所の隅に置き直す。雨音の中、しばらく立ったまま動かない。